見えないものに挑む〝職人〟

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栃木県小山市の建設・設備工事業「株式会社トチナン」でさく井工事課課長を務める安喰隆行さん。隣町の野木町出身で、井戸の掘削工事に携わって26年のベテランだ。井戸を掘る仕事、工事のことを鑿井(さく井)というのだと教えてくれた。安喰さんも入社して初めて知ったというさく井の仕事。いざ取り組んでみると、ある〝特殊〟な一面に気づく。アクシデントも経験しながら現在までキャリアを積んだ。今の仕事にどんな魅力を感じているのだろう。

「なにも見えない」からこそ身についた感覚の大切さ

――入社して最初からさく井の仕事を?
「1年だけ設備をやっていたのですが、2年目からさく井をやらせていただいています」

――入社のきっかけは?
「親も建設業だったのでこういう仕事に就きたいと思っていて、高校も専攻で設備科に行きました」

――10代のときからイメージがあった。
「ありましたね」

――夢が叶ったと。
「夢が叶ったというわけではないですが、トチナンに入って井戸の仕事があることを初めて知って。興味はあったのですが、最初は覚えることがたくさんあって」

――ただ単に掘ればいいというものでもない。
「そうですね。見えるものをやるわけではなく、全部が地下で起きていることを探る作業。なにも見えない状態なので『ちょっと怖いな』と。そこで何が起こっているか、分かる感覚をつかんで初めて、井戸掘りができるようになりました」

――先輩にいろいろ教わってきた?
「教わってきたといっても、今のように手取り足取り全部は教えてもらえなかったです。昔の職人かたぎの〝見て盗め〟で。だから若い時は一生懸命でしたね。聞くと怒られるし、聞かないで間違えても怒られる。(笑)
聞くのが怖いんですよね。自分で見て考えながら、一つひとつ覚えていきました」

成し遂げた喜びはひとしお

――そこを突破するまでが難しそうですね。
「自分で掘って初めて水が出たときの喜びはすごく大きかったです。もう20数年前ですが、その現場は今でもはっきりと覚えています。足利のほうだったのですが、一人でやって『初めて成功した』、『水が出て、お客さんが喜んでくれるんだ』と思うとすごく嬉しかったです」

――それは何年目でしたか?
「3年目か4年目だったと思います。すぐには一人で掘れないので、1~2年は一生懸命勉強して、その後のことです」

――託されたときのプレッシャーは。
「ありましたね。『もし掘れなかったらどうしよう』と。初めてのときはドキドキです。最初はなにを掘っているかよく分からない。でも一人なので聞く人もいない」

――キャリアを積んで、これからは教えていく立場ですね。
「でも、教えるというものでもないんですよね。ものが見えて『こういうふうにやるんだよ』と教えられればいいのですが、結局感覚なので」

インタビュー中も優しい語り口で、質問に対してひとつひとつ丁寧に答えてくれる安喰さん。その素朴で穏やかな人柄がにじみ出ている、そんな時間が流れていた。しかし仕事の醍醐味を話してくれる姿には職人としてのこだわりと熱意、そして確固たる自信を感じることができた。

さく井ならではのアクシデント

――作業中はアクシデントもありますか?
「中に大きな石があって、引っ掛かって取れなくなったということもあります」

――それは掘っていかないと分からない。
「はい。見えないところなので、掘ってみないと分からないこともありますね」

――石が砕けなければ、掘るのを止めるのですか?
「砕けなければ止めてしまいます」

――場所を移して。
「移しても、その地域でその石が広がっていて無理なので、そこで止めて井戸を仕上げることになります」

――経験が生かされますね。
「そうですね。見えないものなので、手や音の感覚で『今は粘土の層を掘っている』とか『砂利の層だ』とか『砂の層だ』とかを探るわけです。
中に溜まっている泥をすくい上げて洗って、それが本当に粘土なのか砂利なのか砂なのかを確認して書類に書き込みます」

――なかなか深いですね。
「それが分からないと井戸にならないですよね。水が採れる層が分からないと。そこはよく調べます」

――泥水では駄目な場合もありますよね。
「そうですね。穴の開いているパイプを適当に入れても水は出ないので、水脈が分からないと井戸を掘っていても意味がない」

――感覚で分からないといけない。まさに職人ですね。
「そうですね。職人ですね」

――深さはどれぐらいまで掘れるのですか?
「深いと200mぐらいまで掘れます。最近自分が掘ったのは茨城の現場で、210mでした」


ーーそのくらい深く掘るといろいろな地層が出てきますね
「そこを手の感覚で探りながら、水脈を探していくわけです。その箇所の土や砂利を掘り出してみて、もう少し掘った方が良いなとか、そろそろ水脈がありそうだなとか。
地下に広がっている地層というのはそれころ何万年前のものなわけですから、分かるわけがありません。でも面白いですよ、ロマンもあるしね」

ーー何万年前のものを探るというのも楽しそうですね
「この現場もそうですが、栃木県は海なし県ですけど深く掘っていくと貝殻が出てきたりします。そうするとこの場所も大昔は海だったということが分かるわけです。
ホラ、この現場でもキレイな貝殻が出ているんですよ」

そう言って掘り出した砂利の中から実際に手の平に乗せて貝殻を見せてくれた。小さいけど白く光るそれは紛れもなく本物の貝殻だった。海からほどほど遠いこの場所が昔は海だったということが実感として分かった。
その綺麗な貝殻が何万年もの太古の昔、この地が海だった頃に生きていたことを想うと夢が拡がる。そんな気がした。

さく井は〝勝負事〟

――仕事の魅力は?
「水って人間が生きていくうえでものすごく重要なので、そこに直接かかわれているのは醍醐味だし責任も感じます。小さいお子さんなんかは『蛇口をひねれば水が出る』という感覚だと思いますが、実際に『なぜ水が出るのか』。川から汲み上げる水もありますが、井戸の水はなにもない、平らなまっさらな状態から穴を掘る。
『もしかしたら良い水が出ないかもしれない』と考えたときに、飲めるような綺麗な水が出ると嬉しいですね。だから塩素を気にかけている年配の方などから『井戸を掘ってください』と頼まれることもあります。
あとは、東日本大震災の影響を考えてなにかと役に立つのではないかと」

――災害用の需要も増えているのかもしれないですね。
「それも何本かやらせていただいています。そのときは電気ではなく手動の、昔でいう〝ガチャガチャポンプ〟で人間が手押しして水が出るポンプにすることもあります。今の時代は水と電気がないと生活できないので」

――仕事をしていて印象に残っている出来事は?
「トラブルがつきもので、棒(ロッド)が取れなくなってしまったりすることがあります」

――はまってしまって。
「はまってしまうと地球を引っ張っているのと同じなので、なにをやっても取れないときは取れないんですよ。残り1~2mで掘り終わるタイミングで抜けなくなってしまって、工事を最初からやり直したこともあります。同じところは掘れないので、その棒は中に置いてきて組み直し。失敗すると、ゼロではなくマイナスからになってしまうんです。リスクは大きいですね」

――作業が無駄になってしまう。
「そうなんです。日数も移動する時間も手間も、全部が無駄になってしまうので、そうならないようにするために〝勝負事〟の一面もあります」

――やってみないと分からない。
「はい。そこが魅力でもありますね」

――そこも経験値で予想する。
「他の業種はだいたい、見えるものを組み立てるとか間違えたら修正できますが、この仕事はその失敗が許されない。そこが勝負事かなと自分では思っています。その勝負に勝てたときは人一倍嬉しい。それで良い水が出れば大勝利です」

作業中は仲間と共に汗を流し、凛々しい表情を見せていた安喰さん。プライベートでは、一男一女の父親だ。「お子さん達に同じ職業を目指してほしいですか?」と問うと、「いや、自分のやりたいことをやってもらうのが1番良いと思います。娘は高校生の女の子だし、息子はまだ小学生。ゲームばかりやっています」。そう言って優しく笑うパパの姿があった。
そしてお子さん達にはこう伝えていると言う。「好きなことをやるのが1番。好きな事なら我慢ができるし、頑張って続けることができますからね」
そう言って笑顔で話すその姿からは、自分が好きで長年携わってきた「さく井」の仕事への愛情や、仕事の経験から紡ぎ出たゆるぎない考え方を伺い知ることができた。
人間が生きていくうえで必要不可欠な水を、地下から汲み上げるという大変な仕事で培った独特の感覚を持った安喰さん。これからの活躍ももちろんのこと、次の世代にもその独自の技術と感覚を伝えていって欲しいと思った。人間が生きていくうえでとても重要な仕事だからこそ、そう思わずにはいられない。

株式会社トチナン 公式Webサイト

Miwa

元とちぎ朝日(2020.6月廃刊)スポーツ担当記者。東京新聞宇都宮支局、真岡新聞、小山まるごと新聞、栃木スポーツ応援マガジンSUPPORTERS (栃木SC担当)etcでライター&FC CASAアカデミー・スクールカメラマン。
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