「開店30周年には育った益子で4号店を開き、両親の介護をしながらのんびり仕事がしたい」
宇都宮市の美容室「ZAPPA uno」と真岡市の2号店「ZAPPA due」を経営するスタイリストの西谷幸介さんは、人気店でのハードな仕事をこなしつつ、休日にはマラソン大会に出場したり山野などの未舗装の道を走る「トレイルランニング」に打ち込む〝ランナー店長〟だ。その人当たりの柔らかさから社会人アスリートとしてのストイックな一面は想像し難い。イメージのギャップを伴う〝走る美容師〟はどのようにして生まれたのか。その人物像に迫った。
初めての美容室で美容師の道がスタート
ーー出身はどちらですか?
「東京の足立区です。両親がコンビニエンスストアを起業するため、4歳ぐらいのときに益子に引っ越してきました」
ーーそれからはずっと益子。
「ずっと益子です。母方の祖父が益子に土地を持っていたので移り住みました。両親は長年商売をやっていて、その大変さを僕に伝えて『生きていくために手に職をつけなさい』と言われながら育ちました」
ーー美容師になったきっかけは?
「高校3年生のときに、それまでは床屋さんに行っていたのですが初めて美容室に行ったんです。そこで母の友達の息子さんが店長をやっていて、会話の中で『将来何をやるの?』と聞かれて『手に職をつけたいけど、何をやるか迷っている』と言ったら『美容師がいいんじゃない?』と。高校を卒業してその美容室に就職しました」
ーーその人がいなければ。
「やっていないと思います。僕の予想ですが、お店が忙しく求人募集していたタイミングで、僕も卒業間近だったのですがまだ就職先が決まっていなかったんです。最悪、実家の仕事を手伝って継ごうかなと思っていたのですが、チャレンジしたいという何かがあって」
ーーそれまでは業界には興味はなく。
「美容師になりたいというのはなかったのですが、うっすら『かっこいいな』という良いイメージがありました」
ーーいわゆる〝カリスマ美容師〟が流行った頃。
「ちょうど僕の世代です。高校のときに『シザーズリーグ』(美容師同士が腕を競うテレビ番組)がやっていて。ちょっと憧れがあったので母に『美容室に行ってみたい』と言ったのかもしれません。初めて行ったその日に就職の話になったので、やってみたい気持ちになりました」
ーー急展開!
「急展開です。施術が終わった後、オーナーが来て『美容師やりたいの?』と聞かれて『やってみたいです』と答えたら『来られるなら来週から来て』と」
ーー早い!(笑)
「4月1日とかではなく、2月末。『来月から来られない?』ぐらいの勢いで」
ーー早く育てたかったのですかね。
「それは分からないです(笑)」
ーー行ってもやれる仕事も限られる。
「最初は掃き掃除」
ーー修業。
「美容師免許がないので、翌年になってしまいましたが理容免許を取るために通信教育で3年間学びました」
ーー仕事をしながら。
「そうです。アシスタントをしながら年に1回スクーリングといって理容学校が夏休みのときに1か月間学校に行って国家試験対策をするんです」
ーー3年間かけて。
「全日は2年、通信は3年」
ーー免許が取れるとどのような仕事ができるのですか?
「髪をカットできます。シャンプーやカラーは理容学校に所属しながら見習いとしてやっていました」
ーー1番最初のお客さんのときはどうでしたか?
「初めてカットをしたのは女子高生でした。どんな気持ちだったんだろう…緊張していて覚えていないです。カウンセリングもちゃんとできていたのか分からないし。たぶん、相当時間がかかりました。20~30分で終わらせなければいけない仕事をその倍ぐらい」
25歳で店長、28歳で完全独立
高校卒業間際にまるで導かれるように美容師の道を歩み始めた西谷さん。その後、経営の難しさを感じながらも宇都宮と真岡で人気店を持つことになる
ーーZAPPAに来たきっかけは。
「オーナーが真岡で独立して、その後に宇都宮店を出すことになったんです。僕はそのとき25歳で宇都宮店の店長になって、28歳のときに完全独立しました。店長が宇都宮店をやっていなければ、僕はここにいないです(笑)。真岡で独立していたと思います。まぁ結局、2号店は真岡に出したのですが(笑)。仕事に関しては育ったのは真岡なので、地元でやりたいなと。恩返しとして僕が頑張っている姿を見せるのが1番かなと思ったので」
ーー師匠も「あのとき声を掛けてよかった」と思っているかもしれない。
「そうですね。『やってます』というアピールも込めて」
ーー西谷さんは結婚も早かったですよね?
「25歳のときです」
ーー独立して14年。独立を決めたときの気持ちは?
「もう一段階ギアが入った感じですね。任され店長より〝自分の店〟となったほうが、よりやる気は出ますよね」
ーーつらい時期はありましたか?
「いっぱいありますよ、やっぱり。経営のバランスがわからなくて、子どももまだ小さくてお金がかかるときにお店になかなかお金が残らなかったのが1番つらかったかな。30代前半」
ーー人気が出て、人を雇わなくてはいけなくて。
「店舗を展開していきたいという希望もあったから、人を育てなくてはいけないというほうに駆られていたんですよね。無理をしてでも。宇都宮店ができて17年で、10周年のときに真岡店を出したのですが、そのときはまだ育てきれていませんでした。3年後の20周年にはLRTの動きを見て宇都宮駅の東口辺りに3号店を出してみようかなと思っています。その3号店に関しても理想と現実のはざまをかいくぐりながら行く感じになると思いますが、それも想定内なので」
走る楽しさに目覚め、〝ランナー美容師〟誕生
仕事に力を注ぐ西谷さんがプライベートで日課としているのがランニングだ。風を切り、汗を流す心地よさを感じながら気分転換している
ーー走り始めたのはいつですか?
「2013年です。駅伝大会が11月に益子であって、子どもが通う幼稚園の親によるチームで出るのに人数合わせで参加してくれないかと言われて」
ーースポーツは特にやっていない状態で。
「やっていないです。久しぶりに走って、『こんなに体力が落ちているんだ』と気づくわけです(笑)。『全然走れない』と。それで練習するんです。大会まで3か月ぐらいあったので、家の近くの河川敷を走り始めて。練習して初めて『走るって良いな。気持ちいいんだな』って思ったんですよね」
ーー今まではそんなことはなく。
「ないです。つらいということしかなかったです。つらいランニングは意外と楽しいんだなっていう(笑)」
ーー爽快感があった。
「はい。仕事のことも忘れられるっていうか。リセットが気軽にできたので。翌年にマラソン大会に出るんです」
ーー1年で!
「真岡の井頭マラソンがあって」
ーー成績は?
「10キロの部門で55分なので、まぁ遅い(笑)。1キロ5分30秒かかっているんですよね。そこから距離をどんどん伸ばしていくんですけど、最初は10キロ。次の年に鹿沼のさつきマラソン(ハーフマラソン)、2016年にフルマラソンに出るんです」
ーーすごい!毎日のように走り始まったのも。
「その頃からです。本格的に始めたのはハーフマラソンの後ぐらいからかもしれないです。仕事が終わってから20時ぐらいに帰宅して、ご飯を食べて、走り始めるのは22時とかでそこから1時間ぐらい走って、お風呂に入って寝るみたいな」
ーーほぼ毎日?
「週5ぐらい。ひと月200キロぐらい走っていたので」
ーーフルマラソンは走り切れたのですか?
「最初は走り切れなかったんです。30キロぐらいで歩き始めて、歩いたり走ったりを繰り返して5時間20分ぐらいかかりました」
ーー思い出に残っている大会は?
「はが路マラソンかな。茂木の道の駅を折り返してから市貝町に向かうときに、真岡鐵道のSLが通るんです。大会のときにみんなが通るであろう時間帯にわざわざ走らせるんですよ」
ーー一緒に走っているぞと。粋な計らい。
「エイドステーションにいちごがあったり。普通の大会にはまずないおもてなしです。はが路マラソンでは、2018年に自己ベスト(3時間46分)も出しているんです」
ーー最初のフルマラソンから比べると。
「1時間半ぐらい速くなっています。2019年は出なくて、2020年からはコロナ禍になってしまって」
――YouTube(店長のRUNチャンネル)を始めたのもその時期。
「毎日走っている河川敷の一部が関東ふれあいの道になっているのを知って始めました。一都六県1800キロつながっているのですが、栃木と茨城が終わって群馬をやっている途中でコロナ禍で県をまたぐなというので中断して。今は登山をしています(笑)」
ーー最後に、美容師としての将来のビジョンは?
「宇都宮店の従業員の子どもたちがある程度大きくなる頃に日曜休みで最低でも18時には上がれるようなお店にして、駅東に関しては私が一からつくろうかなと。正直、(自宅がある真岡から)通うのも大変になってきてしまったのもあって(笑)。30周年のときには自分の子どもたちも巣立っているし、実家のある益子の雰囲気も好きなので、4号店を益子で開いて両親の介護をしながらゆっくりのんびり仕事をするのが夢です」
女性は特にそうだと思うが、美容室選びはスタイリストとの相性もあり難しい。筆者も西谷さんにお世話になっている一人だが、以前カラーリングのチェックの段階で他のスタッフの出来を見て「すいません。もし時間があればやり直させてください」と頭を下げてくれたことがあった。結局染め直したわけだが、納得できないものをスルーせずに正直に伝えてくれたとき「この人は頼れる人だ」と確信した。それ以降、不安も不満もなく〝お任せ〟できている。取材日も、ラストのお客さんの急なオーダー変更にきっちりと対応していた。そんな西谷さんが目下、夢中になっているのは「トレイルランニング」。5月末には完走率50%程度の「OSJ奥久慈トレイルレース」に挑戦する。仕事も走りも抜かりなくパワーを発揮し、自身の実力に変える。その腕に惹かれた多くの人々が今日も、ZAPPAの扉を開く。
ZAPPA uno
栃木県宇都宮市北一の沢町4-10 ジュネスガーデン102
028-627-8322
第1、3月曜日、毎週火曜日定休
平日10:00~19:00
土、日、祝日9:00~18:00
受付時間
カット1時間前
パーマ、カラー2時間前